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東京高等裁判所 昭和43年(ラ)882号 決定

抗告人 熱田幸治(仮名)

相手方 坂本きぬ(仮名) 外四名

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の要旨は

原審は相手方らの申立てにもとづき、抗告人について亡坂本健治の遺言執行者を解任すべき正当事由があるとして、その解任を決定した。

しかし原審が、抗告人について遺言執行者選任審判以前に存在した事実をもつて解任の理由としているのは違法である。抗告人が亡坂本健治の相続人の一人である坂本茂一の依頼をうけてその妻坂本みのの申立てた遺産分割調停事件(東京家庭裁判所昭和四一年(家イ)第五〇〇四号)の最終調停期日に右みのの代理人として出頭したことおよび右茂一、みのの申立てた、相手方坂本実に対する不動産処分禁止仮処分事件(東京地方裁判所昭和四二年(ヨ)第六〇八五号)において、右申立人らの訴訟代理人であることは原審認定のとおりであるが、以上の事実は抗告人が本件遺言執行者に選任される際、選任審判事件(東京家庭裁判所昭和四一年(家)第一〇二三七号)担当の家事審判官には了知されていたことがらであつて、これをもつて遺言執行者選任審判の変更審判の事由とするのであれば格別、遺言執行者解任の事由とすることはできない。けだし、或る事由が、選任を妨げる事由とならないけれども解任の事由となるということは、甚だ不合理であるからである。

次に相手方坂本実は、民法一〇一九条にいう利害関係人に当らないから、同人の本件解任申立は不適法である。

よつて原審判を取消し、相手方らの申立を却下する旨の裁判を求める。

というのである。

本件解任審判事件記録および東京家庭裁判所昭和四一年(家)第一〇二三七号遺言執行者選任審判事件記録によれば、原決定理由一記載の事実(後記但書の部分を除く)が認められるほか、次の事実を認めることができる。すなわち、亡坂本健治の相続人たちの間では遺産の内容、遺産分割の方法に関して見解が分れており、一派の者は遺言書どおりの遺産の分割を主張し(坂本茂一、坂本みのらがこれに属する。)、他の一派の者は遺言書によらないで別の方法による遺産の分割を主張し(坂本実を除く本件相手方らがこれに属する。)、互に譲らない現状であること、抗告人は前記選任審判事事件において、申立人坂本茂一から遺言執行者候補者として推薦された者であることおよび抗告人は遺言執行者に就任したのち、遺言書に遺産として記載されている建物について所有権を主張する相手方坂本実(相手方坂本文子の夫)に対し、登記抹消および建物明渡請求の訴を東京地方裁判所に提起したことを認めることができる。但し、前記選任審判事件において抗告人と坂本茂一、みのとの代理関係が明らかにされていなかつたとの原審判認定は採り得ず、むしろ右事件担当家事審判官はこれを了知していたことを推認することができる。

如上の事実から判断すると、結局抗告人は相続人の一部の者と特段に緊密な関係にあり、従つてこれと意見を異にして対立する他の相続人たちとは、今なお相反する立場に属すると見ざるを得ない。そうして、抗告人と緊密な関係による相続人たちが遺言書どおりの遺産分割を望んでいる現在、抗告人が遺言執行者として遺言書による遺言執行を推進することは、それが職務に忠実であることは明らかであるにしても、他の一派の者たちには不公正、不本意の感(いわれのないものかどうかは別として)を懐かせることは避けられないと考えられる。従つて、抗告人が遺言執行者として職務上の過怠を指摘されることがなくても、相続人全員の信頼を得られないことが明瞭な案件である以上、抗告人は適任者でなく、解任について正当事由があると解すべきである。(むしろ当初から抗告人を選任すべきではなかつたといえるのである。)

抗告人は、本件のような場合には選任審判の変更審判によつて処理すべきであるというが、解任事由が認められる以上解任審判をすることは妨げられない。また抗告人は、相手方坂本実は利害関係人に当らないと主張するが、同人は遺言書で遺産として指定された建物について所有権を主張する者であるから、利害関係人に該当する。

よつて抗告人の解任を決定した原審判は相当で、本件抗告は理由がないからこれを棄却する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 田嶋重徳 裁判官 吉江清景)

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